こんにちは、かえるさんです。今回は「運命の出会い」について考えます。
運命の出会い!いい響きだね~☆
でも、どうせ、「運命の出会い」なんて無い、って言うんでしょ。
そりゃ、「運命の出会い」なんて定義のしようが無いですけど、あるって思いたい気持ちは判りますよ。
今回は「運命の出会い」はいつ?という占いの仕組みを考えてみようと思います~☆
「家庭運」「財運」
「運命の出会い」と言うのは多くの場合、恋人が欲しい、という方が、いつ探すと効率が良いか、自分が苦労することなく、上手く付き合える相手といつ高い確率で接触できるか、を知りたいわけですよね。
それ言っちゃダメだけど、まあ、そうだね。
ホロスコープは、当人の誕生日データから作るわけですよね。
そうだね。
で、相手の動きも判るのか?って話ですね。
まあ、そう言うことだね。
じゃあ、よく言う「家庭運」これは、ホロスコープから、家庭、に対するこだわりを見て、すごく家庭にこだわりそうだ、と判れば、こだわりすぎて、上手く行かないと考えるだろうな、という判断が出来るから、その人のホロスコープ全体からアドバイスを作るわけです。
家庭を大切に思う蟹座が多い人とかは、求めすぎると悩んじゃうよ、ってことだよね。
そうです、家族の他の人のことなんか判りません。だいたい人の評価なんて人によって違いますし。
本人がどう思うか、から算出するわけだよね。
「財運」は?
成功を望む気持ち、お金、地位に対する執着心、無駄遣いをしにくい、など、その人の安定性や、知性的な能力などですね。
同じ星座の構成でも、やっぱり国の違いなどは大きいですよね。
親の経済力だって大きいよね。
そうですよね、そして、考え方に基づくので、考え方、行動を変えることで変化、コントロールすることが可能です。
「運命の出会い」
じゃあ、「運命の出会い」は?
相手の動きをあらかじめ、予測出来るわけないですよね。だいたい「運命の出会い」かどうかなんて、最後にならないと判らないでしょ。
まあ、具体的に「運命の出会い」自体の定義が良く判りませんが、おそらく、自分にとって都合の良い出会いということでしょう。
そんなもの、判るわけないですよね。
例えば、強く「寂しい」と思う時だったら、受け入れのハードルが下がるんじゃないですか。
あー「運命の相手」という言葉自体主観的だもんね、恋人が欲しい、と思うときなら、お付き合いが成立しやすいね。
それに基づいて考えれば「運命の出会い」はいつ?、という占いを求める人は、恋人が欲しいという気持ちが強そうですね。
例えば、100人に適当に今年は「運命の人と出会えます!」と指示して、100人が積極的に恋人を探したら、そりゃ、何人かは恋人を見つけることは出来るでしょう。
しかも、期限を切っているので、ぎりぎりに出会いがあったら、積極的になる人も多いでしょう。
そして、本当に恋人が出来た人にとっては「当たった!」となるわけですね。
考えようによっては、信じる人の方が当たり易いのか。
恋人が出来なくて困っている人が今まで通り行動したら、たぶん出来ないでしょうから、信じちゃった方が良い、とも言えますが、
占いと関係なく、がんばれば確率は上がると言うことですね。
「運命の人」
「運命の人」は、頭の中にある時は、さぞ、素晴らしい人でしょう、でも、実際の人間と付き合えば、イロイロ不便やコストが発生しますよね。
頭の中にいるときは、自分は相手を理解して相手の気持ちを考えて行動する、と多くの人が想像するでしょうが、実際には簡単じゃありません。
それで、ワガママを言ったり、言われたりして、別れる、これを繰り返して「私のことを判ってくれる人」を探す、ということを思いつくと「運命の人」探しが始まるのでしょう。
まあ、自分のワガママや自分の悪い所は考えないもんだよね。
そういうの考えたくも無い人も多いですから。実際、自分の思い通りになるけど、たくましくて頼りがいある人を探していた方がいましたが、そりゃ、見つかりませんよね。
恋人を強く束縛して、相手を追い詰めて、相手が浮気したことを100%相手のせいにして、そういうことを繰り返してしまう人もいますね。
自分を求めて欲しい気持ちが強すぎて、最初から頼りない、この人には自分がいないとやっていけない、と思うような人を探してしまう、という人も繰り返します。
たくさん、お世話をして、自分が疲れ果てると、騒いで別れて、
元気が戻ると、また、似たような人を探して繰り返すわけですね。
じゃあ、新しい相手を探しても、あんまり意味ないじゃん。
まあ、自分が変わらないとダメですね。でも、そこには向かい合いたくないんでしょうね。自分は変わらない、変わりたくない。
やっぱり「運命の人」はいないのか。
すごく、その人のことが好きで、その人の存在によって自分が成長できたら「運命の人」とも言えるかもしれませんね。
まあ、多くの場合、想像上の理想の人なんでしょうけど、まあ、人それぞれですな。
「運命の人」と出会える時期の「占い」は、需要があるから、存在するんだね。あたかも、そういう「運命の人」がいる気分にひたれる。
しかも、性格を中心にした悩み相談と違って、希望的観測に満ちあふれた顧客しか来ないので、楽って言えば楽です。
実際問題、何人も占っていれば、それなりに当たるわけですし、占い師、自身もそんな気持ちになれるでしょう。
性格中心の悩み相談はそうは行かないの?
相手の性格を理解して、「こういう事象がありますか」と言って、お客さんが、それを受け入れたら、その原因を明確に説明して、回避方法、を説明します、これは考え方を理解しないと出来ないですし、価値観を理解しないとアドバイスのしようがありません。
「こう言う事象がありますか」と言う時点で、全く当たっていなければ、話が、かみ合いませんからね。悩み相談はホロスコープが読めることが前提になります。
第3者が、からむ場合、その人からはどう見えるか、なども判らないと話しになりません。
「運命の人」に会える時期だったら、お客さんも、単に未来のことですから、意見のはさみようがないし、そもそも聞きたくて占い師にコンタクトしてるんですから、良さそうならいいわけでしょ、技術的な占いではない、と言えます。
あと、魚座が強いお客さんなら、そんなことを考えているうちに結構、満足出来ますし。
それにしても「運命の人」って戦争とか災害で、会う前にいなくなっちゃったりすることはないんですかね。
そう言えば「運命の人」って言うくらいだから、探さなくても会えそうにも思えるけどね。
「運命の人」を探す人と、「運命の人」を占う人で「運命の人」の定義は一致してるのかな?
そうですよね、そういうのを子供心に昔から不思議に思ったものです。
じゃあ、占ってもらう前に聞いた方がいいのかな。
そりゃ、止めた方がいいでしょう、こう言う疑問を持たないから商品として扱っているんでしょうからね、宝くじみたいなもんですよ。
当たったらどうしよう~☆ みたいに楽しむのがいいのかな。
まあ、そこはかとなくロマンチックな気もいたしますし。
おお、かえるさんらしくないことを言うね。
「運命の出会い」を当てました、の意味
例えば、100人中10人、運命の人に出会えた、と言うためには「運命の出会い」を定義しないと、計算のしようがありません。
まあ、そりゃ、そうだけど、交際すればOKなんじゃない?
一緒に食事をする、連絡先を交換する、半年以上継続的に1週間に1回以上連絡を取り合う、など、何かしらのルールが必要ですよね。そうでないとカウントのしようがありません。成功かどうかも判りません。
また、めんどくさいこと言うね。
しかも、交際していると思われる当人同士だって、意見が一致しない場合だってありえます。
あー、そう言えば、そう言うことあるかもね。
そもそも、運命の人なのに、探さないといけないわけですから、交際する可能性が極端に高いわけではないことは間違いありません。
結婚したら、運命の出会いかな?
でも、それだと日本だと男女のカップルしか「運命の出会い」が無くなりますよ。国によって定義が違うことになりますね。
あー、そうか、むずかしいな。
あと、離婚と言う制度もありますからね。
そう考えると、何を基準に「運命の出会い」の確率が上がる期間、とか言うんだろう?
だから、結果から言えば、無いんですけどね、だから満足する結果が出なくても、悲しまないで下さいね、ってことです。
いや、悲しいに決まってるでしょ。
まあ、ハッキリ言うと、そう言うのは「占い技術」とは無関係なものですから、一緒にしないでくれると嬉しいな~☆と言うことです。
なるほど。
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