かえるさんの星占いらぼらとりー

星占いによる性格分析を詳しく解説しています。心の仕組みと、ホロスコープを読めるようになることが目的のブログです。

自分の奥底を見つめ活用することで自由になる 十牛図と占い 

 

 

 

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f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain こんにちは、かえるさんです。今回は「十牛図(じゅうぎゅうず)」を使って自分を知る意味を考えたいと思います。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain 「十牛図」は中国の禅宗臨済宗のお坊さんが描いた絵です。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain 「牛」を捜し求めるべき「自分」または目指すべき「悟り」のイメージでお話は進みます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204154756g:plain それを探す「人」のお話でもあります。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145113g:plain 自分を探す、いかにも禅って感じだね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain 占いと関係あるの?

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 西洋占星術は、おみくじのように未来が上手く行くか行かないか、と言う技術ではありません。自分を知り、人の価値観を知り今までの行動の理由を考えて結果をコントロールする技術です。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain ですから自分を知る、と言う部分は共通しています。

  

f:id:KAERUSAN:20190204151327g:plain なるほど。

 

f:id:KAERUSAN:20190205140436g:plain 今回は「十牛図」のお話です~☆

 

 

尋牛(じんぎゅう)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 最初は牛を探し始める所から始まります。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain 牛は、悟りなんでしょ?

 

f:id:KAERUSAN:20190204151446g:plain まあ、簡単に言えばそうですね、そういうつもりで話は始まります。

 

f:id:KAERUSAN:20190207012731g:plain 悟りたい、ってことは、今に何か不満があるんだね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204154756g:plain そうですね、今に不満で、何かスッキリする方法が欲しい、そしてそれがあると思っている状態とも言えます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151446g:plain でも「悟り」なんて、特別な状態があるわけではありません。要するに、何かいい方法ないかな、って状態です。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151327g:plain なるほど。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain そして、現実に良い違う方法を見つけたければ、自分を知るしかありません。占いもその技術です。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain 漠然と自分の過去を振り返ることで、牛を探すことになるのです。

 

見跡(けんせき)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain お、牛の足跡を見つけたんだ。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain そうです、牛の足跡と言うのは、自分の行動の結果です、それを追いかけていけば、自分と言う牛が見えてきますよね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151606g:plain でも、それは誰でもするんじゃないの?

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain 運が悪かった、あの人のせいだ、なんて自分の足跡は見ないようにする方が普通ですよ。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain じゃあ、足跡を見つけるというのは、

 

f:id:KAERUSAN:20190204154756g:plain 自分を直視し始めた、と言うことです。

 

見牛(けんぎゅう)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204152113g:plain お!ついに牛だ!

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain 牛の足跡を追っていくと、ついに自分が何をしていたのか、が見えてきます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204155318g:plain それが、牛の足跡を追う、と言う意味です。

 

f:id:KAERUSAN:20190204154756g:plain 自分が、こうしていたから、こうなった、と言う事実、自分そのものを見つけた、と言うことです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151606g:plain 自分を知る、ってことか。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain 人は自分がどう思っているか、は知っています、しかし、外からどう見えているかは意外に判らないものです。

 

f:id:KAERUSAN:20190207012731g:plain その外から見た自分を知ることが、自分を知るってことになるの?

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain そうです、そして現実をコントロールする基礎になるとも言えます。

 

得牛(とくぎゅう)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204153216g:plain お、ついに牛を捕まえたね!

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain そうですね、しかし、引いても押しても思うようには動きません。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain 自分なのに?

 

f:id:KAERUSAN:20190204151446g:plain 自分だからです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204185636g:plain 人は、判っちゃいるけど、頑張れない、あと少しのガマンが出来ない、と言うことがあるものです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204162137g:plain う、たしかに。

 

f:id:KAERUSAN:20190204155318g:plain しかし、自分を知ってそれと戦うのは、また違います。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain 自分には何が出来るか、どうすればいいか、が判っていて、出来ないのは苦しいものです。弱い自分と直面します。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151327g:plain そうか、自分を知らない時は、自分以外の何かのせいにしてたんだもんね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain しかし、ここを乗り越えずに何かを得ることは出来ません。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151606g:plain 牛との格闘だね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 占いで、自分を調べて知るのは、この状態と言えますね。占い師の仕事はココから始まると言えますね。

 

牧牛(ぼくぎゅう)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain お、牛と仲良くなった。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain アレコレと葛藤し、事実を知って、自分と折り合えるようになったと言えます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204153216g:plain すごいね!

 

f:id:KAERUSAN:20190204151606g:plain え、まだ真ん中位なのに、こんなに成長していいの?

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain いえいえ、それでも、牛が暴れなくなっただけで、ロープでつながっていることに注目です。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151327g:plain そうか、またいつ暴れだすか判らないし、少なくともその不安はあるんだ。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain そうです、要するに自分に対する不安と言えますね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain 占いで言うと、自分を知った人が具体的な改善策、方向性を考える段階です、占い師にとっても重要な仕事ですね。

 

騎牛帰家(きぎゅうきか)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204153216g:plain おお、もう乗っちゃってるね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain そうですね、すっかり安心して、牛を探すたびも終わったので、家路に着きます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145113g:plain じゃあ、もう不安は無いんだね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain ただ、牛に乗っている、と言うことは牛と一体なのとは違います、そもそも牛と人は、自分と自分だったはずです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain そうか、「人」は自分の行動、「牛」は自分の気持ちとも言えるのか、

 

f:id:KAERUSAN:20190204151327g:plain あれ?逆かな「牛」が自分の行動、「人」は自分の気持ちかな?

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 良い考え方です、決め付けないでよいでしょう。「人」は人ですから自覚的な自分、「牛」は無意識的な無自覚な自分と言えるかもしれません。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain 自分の気持ちを押し殺して、いつもガマンしている人には「人が気持ち」。自分の感じるままに生きて結果に出来ない人は「牛が気持ち」かもしれませんね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151606g:plain あー、なるほど、人によって違う、と言うことは同じ人でも時によって違うのかな。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 言葉で無い「図」だから表現出来ると言えますよね。

 

f:id:KAERUSAN:20190205140436g:plain 深く考えれば、おのずと自分の正解が見えるでしょう。

 

忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)

 

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f:id:KAERUSAN:20190207012731g:plain お、牛がいない!逃げられた?

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain そうではありません、家に帰り日常にかえり、牛を忘れる、と言うことです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151327g:plain せっかく捕まえたのに?

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 牛はそもそも自分ですから、いなくて当たり前なんです、ただ、遠くはなれ見失っていたから探しに行ったのです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain あー、なるほど。分離しちゃったから、困ってたんだね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204185636g:plain 病気で困ってた人が直ったような感覚とも言えますね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145113g:plain そうか、牛に苦しめられなくなった、と言うイメージだね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain そして、牛を探す前には判らなかった何かに気付きだしているのですが、自分でもそのことにも気付いていないような状態ですね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 占いで言えば、占いで自分を知り、現状を深く認識して、実際に行動し、問題を解決し、それが日常になったイメージですね。

 

人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204152113g:plain あらま!何にも無い。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152206g:plain もう、人とか牛とか、そう言う考え方自体が完全に消え去った状態です。

 

f:id:KAERUSAN:20190204162137g:plain お!禅っぽいな!無じゃないの!悟った感じ?

 

f:id:KAERUSAN:20190204151446g:plain アレコレ考えない、アレコレ悩まない、そう言う自然なイメージです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151446g:plain それを悟りました!と言うのは禅的ではないですよね。禅はより良く生きる生き方の道とも言えます。自慢したり見せびらかすような欲の世界とは違います。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain だから、山にこもったり、絶食したり、特別なことは必要ありません、日々出来ることなのです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain ただ、アレコレ悩まない、牛がどうとか自分がどうとか、真理がどうこう、などとは一線を画した状態です。

 

f:id:KAERUSAN:20190204153216g:plain 占いで言えば、悩んでいたことも、忘れるような感じかな。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 牛と自分は完全に一致して、全く意識せずに自然にバランスのとれた考えを持ち、行動を取れる、そんな状態と言えるでしょう。

 

f:id:KAERUSAN:20190205140436g:plain 心の欲する所に従えども矩(のり)をこえず、と言った所でしょうか。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151606g:plain 孔子だね、それ70歳の境地じゃないの。

 

f:id:KAERUSAN:20190204154756g:plain そして「自分」と言う考え方自体から抜け出そうとしているとも言えます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204152113g:plain 「自分」と言う考え方から抜ける?!

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain 「自分」だけ何で?、「自分」はダメだ、「自分」には無理だ、「自分」と言う考え方に苦しめられている人は多いでしょう。

 

f:id:KAERUSAN:20190207172243g:plain だから、頑張れるとも言えるけど一理あるな。

 

返本還源(へんぽんかんげん)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204151327g:plain もう、関係無くなっちゃてるじゃん。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 「自分」と言う意識にうすく、日常の風景を楽しんでいる、とも取れます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151606g:plain おー、なるほど。自分、自分、って思うから苦しみ、悩んでいた、とも言えるのか。風景を愉しむ自分なんだ。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain 人間は本来、自然の一部であって、一体のモノですが、人と言うものは自分以外が目に入らなくなるものです。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain もう、すっかり、本来の自然の一部にかえり、肩の力も抜けて、自然と一体であることを愉しんでいる、とも言えますね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain なるほど。禅っぽいな。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 占いでも、自分のことを知り尽くすと、欲望の意味も判ってきて、苦しめられることも減っていきます、そう言う意味ではこう言うことを目指している一面もありますが、占いの場合は、頑張って結果を出すことを愉しむ道も大いに奨励します。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain とは言え、この状態だからこそ、頑張る喜び、生きている喜びを満喫できるとも言えます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain そうか、禅はより良く生きる道か、なるほど。

 

入鄽垂手(にってんすいしゅ)

 

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f:id:KAERUSAN:20190204153216g:plain お、にわとりさんだ☆

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 「十牛図」はいろいろな方が題材に描いていますが、にわとりさんの所に、布袋様が描かれていることもあります。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain それを、真の自分と出会うこと、と言う意味に取る人もいます。

 

f:id:KAERUSAN:20190204154756g:plain しかし、多少短絡的な気もいたします。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151327g:plain そうかな、そうじゃないの?

 

f:id:KAERUSAN:20190204151446g:plain 最後だから、修行の果てには何か特別な何かが提示されていて欲しい、と言う願望ではないかと思います。

 

f:id:KAERUSAN:20190207012731g:plain まー、それはあるね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204151708g:plain 真の自分、と言う固定的で絶対的なものではなく、人間性は常にバランスを取ることが大切です、そのバランス感覚が優れた人が悩み苦しみにくい、と言えるでしょう。それは何らかの境地と言うより結果論的です

 

f:id:KAERUSAN:20190204154756g:plain 他にも、いままでの自分の学びを人々に役立ててこそ、甲斐がある、と言う考え方もあります。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain まー、判るよね。悟った私の話を聞きなさい、みたいな。

 

f:id:KAERUSAN:20190205140436g:plain 自然に元の生活に戻れば、それで良い、と言う考え方もあります。

 

f:id:KAERUSAN:20190204154756g:plain 人と比べて苦しんだり、妬んだり、しかし、それは「牛」が「人」から分かれていく原因でした、今はその心配も無いので、元に戻っても、他の何かをしても、不幸に悩み苦しむことも無いので、自然に元に戻れば、自然に人に良い影響を与えることもあるでしょうし、

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain 客観的には、それが真の自分に会った人に見えるかもしれません。

 

f:id:KAERUSAN:20190204150749g:plain そうか、絵だからこそ、自分の状態によっていろいろ考えることが出来るんだ。

 

f:id:KAERUSAN:20190205140436g:plain そうです、ですから「十牛図」は100人いれば100の解釈があっても良いでしょう。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145113g:plain 「十牛図」がどう見えるか、で今の自分を知ることが出来るかもね。

 

f:id:KAERUSAN:20190204145044g:plain それも面白い楽しみ方ですね。

 

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